「ゲームの処方箋」ってどうなった?

「ゲームの処方箋」というプロジェクトは、その後どうなったのだろうか?

ゲーム脳などどいわれたり、何かと悪いといわれがちなゲームの良い面を研究する為のものだったと思うが、その後の進展がわからなかったので、ここは自分でゲーム脳について少し考えてみたい。

本サイトの情報メモでも取り上げているが、自分なりの意見をすこし書かせていただきたい。

初めてゲーム(同種のものをやっていない場合、たとえばドラゴンクエストシリーズやファイナルファンタジーシリーズなど)をやる場合は、当然覚えることが結構ある。

主人公や登場人物の特性、戦闘方法やマップ、各種システムなどについてである。

つまり頭をある程度は使う必要があるわけだ。

ということは、いろいろと考え、覚えプレイしているわけだ。

しかし、ひとたび理解出来ると、今度はあまり考えることもなく、気楽にいろいろと、場合によっては指先だけで勝手にプレイしている状態になってくるだろう。

つまり反射神経で対応してしまうようなことになるだろう。

そういう意味でアクションの要素が多いゲームはその傾向が強いかもしれない。

そして、その状態がまさにゲーム脳直行便状態といえるのではないだろうか?

別の表現だと自転車に乗れるようになるまでは、自転車だけを必死に練習し運転していたと思うが、慣れてくると、音楽を聴きながら、または悪い例では携帯電話を入力しながら自転車にのれたりもする。

つまり、考えたりすることなく自動的にできる回路が完成したので、その回路にお任せしているわけだ。

あるいみそれは楽な状態であり、いわゆる頭をあまりつかわないでできるということになる。

だから、ゲームにおいても、同じ(種類の)ゲームをやり続けないのであれば、それなりに脳を使うのではないだろうか?

よく悪い例の代表のようになってしまったテトリスではあるが、きっと最初苦手と思って必死にやっているときはそれなりだったのではないだろうか?

そして、一つのゲームをやり続けることや、同種のゲームばかりやることで、またその状態を保つ時間が増えることで、ゲーム脳としての状態になってしまうのだろう。

だからといって、やっといい感じでできるようななり、高得点が望めるようになった時が、頭にとってよくない時の始まりだとしたら、やはり、ゲームについては考える必要があるだろう。

ゲームは慣れてきてこそおもしろいのだから・・・・

しかし、ゲームはもともと息抜きやレジャー的に遊ぶものであったと思う。

たとえばパチンコやスロットマシンにしても、ちょっとやるならストレス解消程度で良い面もあるだろう。

しかし、入れ込みすぎて、給料のほとんどを投資してしまったり、一日中ホールに入り浸るのが問題なわけだ。

ギャンブル的要素があるものは最初ちょっとだけとと思っていても、気がつけば泥沼ということも多々ある。

ゲームも最初はストレスの解消や暇つぶしでやっていて、特に問題がなかったとしても、ある一定時間以上やりつづけ入れ込みすぎると、ギャンブルと同じように問題がないわけがない。

それは何でも同じ事だ。食事もそうだ。いくら体にいい食べ物でも食べ過ぎては、肥満を招いたり、気分が悪くなったりといいことはない。

つまり、なんでも程々ということだろう。

そして程々に出来ないならば、やめることだ。

特に抑制する事が苦手な子どもにゲームを自由に与えるのは、問題があるだろう。

与えるにしても、時間を制限したり、大人と一緒にやれるようなゲームにするべきだろう。