ティータイムその7

存在とは・・・tea7
ふと気になることを書いてみたくなった。もちろん大した意味があるわけではないが、存在とはどういうことかなと思って、まとめてみた。

辞書などで調べると、存在とは「事物(や人)がある(いる)ことを示す」となっているが、あるとはどういうことであろうか?

目に見えることが、あるということと思っている方が一番多いとは思うが、暗闇で見えなくても、明るいときに、そこに何かがあることを知っていれば、暗いから見えないだけだとわかるはずだ。
しかし、今が暗い状態ということを認識できない場合はどうだろう。きっとその場合は、なにも無いと思ってしまうことだろう。
つまり、あるから見えるのではなく、見えるからあるとわかるので、見えなくてもそこに何かある場合がありえる訳である。

顕著な例は幽霊であるが、見えるという人がいる。でもほとんどの人は見えない。では幽霊がいないのかというと、それはわからないと思う。通常、見えるということは、脳がそう感じることなので、もし、見えたと感じれば、そこに存在したと感じた原因がある訳(幽霊がそこにいたということを直接には示さない)だ。つまり、本人にしかわからないということになる。もちろん最新の科学技術で何かの存在は突き止めることが可能かもしれないが、現時点で検地できるレベルということになる。

また、別の観点からみてみると、実例ではあるが、一般的に聞こえる音域より、高い音域の音が聞こえる人がいる。つまり、一般の人には聞こえない音が聞こえることがあるということだ。

そして、これは自分のことだが、暗闇で他の人よりよく見える。回りの人は躓いたり、ぶつかったりしていても、自分だけは暗闇で問題なく歩行できる。

このように、他の人と違う場合もあるので、幽霊が見える、見えないというのも、うそとは限らない。ただし、本当にそれが幽霊かどうだかは疑問だが・・・

結論として、存在するということは、見える・聞こえる≠存在(見えなくても聞こえなくてもそこに何かがある場合もある)ということになる。もちろん脳が何かを感じた場合、実際になくても本人にとっては何かがあるということにもなる。

もっと進めると、何も無くても脳があると感じれば、ある意味現実として受け入れられてしまう。現実を感じるのは脳なのだから、つまり、現実か非現実かという問題はあるものの、脳が感じるか感じないかと、どうちがうのかということになる。だからネット上の問題で殺人事件が起きたりもする訳だ。本人にとっては、そこに問題が生じている訳だから、一般的にいう非現実だろうと、脳が問題を感じている事は事実なので、問題を排除する為に、現実の問題(この場合、その問題を起こした人)を排除して、ネット上における問題の進行を食い止めたという訳だ。

なんだか取り留めのない話になってしまった。

ということで、そろそろお茶も飲み終わり、また次回のティータイムに・・・