レオナルド・ダ・ヴィンチは読字障害?

今回も「天才はなぜ生まれるのか」正高信男著 ちくま新書 を読んで気になったことをメモしていきたい。

「歴史家や科学史家は、神経心理の知識を持ちあわせていないので見逃しがちなのだけれども、明らかに、レオナルドには脳に障害があった痕跡が認められるのだ。その端的な兆候として、メモをとらえることができる。
いわゆる読字障害といわれる、学習障害の一種である。彼は文字を読むのに困難を感じていた。だから、正しく字をつづろうとすることには不自由した。それで、ああ書くしかなかった。つまり、敢えて反対につづろうと工夫していたわけでなく、上手く書こうとすれば反対にしか書けなかったという方が真実に近い。
実はこれは、さほど珍しくない障害の部類に属する。アインシュタインと同じように、脳の頭頂の部位が機能していないことに由来する。」と書かれていた。
初めて聞いた方も、いるのではないだろうか?

エジソンやアインシュタインの障害は割と有名?だと思うが、レオナルド・ダ・ヴィンチまでも・・・と思うのではないだろうか?

そう、彼は今生きていたら、明らかに落ちこぼれに属するだろう。

しかし、彼は他人より劣る部分を補おうとはしなかったとのことだ。

また、彼は、すぐに事柄を忘れてしまうことに気がつき、メモを取る事で補おうとした。

これが、結果として、彼の才能の開花に繋がったのだろう。

もし、彼が他人と比べて劣る部分を補う事にのみ、その力を使ったなら、今の名声は全くなかったことだろう。

そもそも、普通の多数派ではない種族として、生まれてきたのに、見た目が同じだから、違いに気がつかず、普通になることを強要することで、才能をつぶしてしまうこともあるだろう。

たとえば、車を例に取ると、ファミリーカーの中にF1マシンが混ざっていて、その違いに気がつかず市街地を走らせたら、F1マシンは、話にもならない障害カーとなってしまうだろう。

ガソリンは食うし、雨が降ると濡れるし、荷物は積めないし、道が悪いと走れないし、一人しか乗れないし・・・・

となり、まさしく障害カーという位置づけになるであろう。

でも、F1マシンはレースカーとしてなら、最高のパフォーマンスを出せる。もし、ファミリーカーでレースに出ようものなら

遅い、タイヤ交換に手間取る、給油に時間がかかる、パーツ交換に手間取る、シートの密着性がない・・・

つまり、違う環境でこそ、それぞれの力を発揮出来るはずなのに、見た目が同じだと、本来の違いを認識できずに、醜いアヒルの子状態になってしまう事も考えられる。

もちろん、どちらがアヒルになるのかはわからないが・・・

いつも、思い、そして、ホームページやブログで書いているが、日本人は同じようにすることを好む方が、まだまだ多い。

つまり、それだけで、上記の車の例と同じようになってしまう。
だから、同じが良いという事を少し忘れて、いままで障害(個人的に障害という表現は使いたくない。読みにくく理解しにくい文章になるといけないので、あえて障害とかかせていただいた。)と思った子どもや事柄を見てみてはいかがであろうか?

きっと、違う何かが見えることがあると思う。