四~五歳以前に絵と文字を教え込まれた子供の不思議な絵?

新装版 「子供の絵の見方、育て方」 鳥居昭美著 大月書店を読んで気になったことをメモしていきたい。

「四~五歳以前に絵と文字を教え込まれた子供は、はなしことばの力をゆがめられ弱められるために絵の内容が貧弱になり、イメージが結べない気の毒な子どもになってしまうのです。」と書かれていた。

実際の絵もそこにはあった。

たしかに、ひらがなと数字だけで画用紙に大きな字で二〇文字程度書かれていた。ちょっと不思議な感じの絵?であった。それは問題という気がしないでもないが、いつも思うことがある。

なんで、人と違うと問題だとか、気の毒などどいわれないといけないのだろうか?

気の毒か気の毒でないかは、本人が感じた場合そうなるのであって、他人に決めてもらうことではないと常々思っている。

たとえば、逆上がりが出来なく、ものすごく努力しても出来ない子供がいたとしよう。

それをみて、気の毒と思う人もいるかも知れない。

あんなに頑張っても出来ないなんて、かわいそうだ・・・と。

しかし、当の本人は全然そう思っていないかも知れない。それどころか闘志を燃やしさらに頑張っているのかもしれない。

ただ、本人がこんなに努力しても出来ない自分に対して、疲れイヤになった場合、気の毒といわれてもいいと本人も思うかもしれないが、前者だった場合は失礼もいいところだ。

また、はじめから、出来ないことを何とも思っていない場合だってある。

だから、他人からはそのような言葉は言わない方がいいと思っている。

言葉尻を取っていろいろと言って申し訳ない気もしないではないが、あまりそのような言葉は使わないで欲しいと思っている。
本題はこのことではないので、話を戻しておきたい。

今回は、先に絵や文字を教えることについてである。

このことについては、ちょっと違った角度から考えてみたい。

さて、あなたがゴルフをしたことがないと仮定しよう。

以下のケースについて考えてみたい

1.きちんと器具を購入しレッスンプロについてもらい、初歩からきちっとゴルフを学ぶ

2.取り合えず、他人からもらった中古クラブを持って、ゴルフ練習場で適当に打ちまくる
パターン1:よくゴルフで問題になるフォームをきちんと最初から学ぶことが出来るため、あとあともあまり困ることはないだろう。

パターン2:パターン1に比べると、打ち方はバラバラでどこへ飛ぶかわからないが、フォームを矯正されることもないので、自由に振り回せるので、当たれば楽しいかもしれない。
しかし、ここで考えておきたいのが、運動神経の問題だ。運動神経がいい場合は、パターン2でも楽しく練習する事ができ、それなりに上達するであろう。

それに比べ、運動神経があまり良くない場合、パターン2だと、空振りばかりで全然楽しくなく、かえって危険ですらある。

それでは運動神経がいい場合のパターン1はどうだろうか?

これは、当然うまく行くので楽しくやっていけるだろう。教わったとおりにやれば、いい球筋でボールが飛んでいき、満足できるだろう。

それでは、運動神経が良くない場合のパターン1はどうだろう。

そう、運動神経が良くない場合は、このパターン1でやるしか上達する道はあまりないと思われる。

整理すると以下のようになる

運動神経がいい場合:パターン1-上達も早く楽しく練習出来る
パターン2-とにかく楽しく適当に遊べる

運動神経が良くない場合:パターン1-このパターンでしか上達出来ない
パターン2-うまく行かず面白くなく危険ですらある

つまり、取りあえず打ってみるが、後の上達も考えて成り立つのは運動神経がいい場合だけだ。

さあここで、話を戻してみたい。

手先が普通に器用で紙に何か書くことに対して抵抗がない子供なら、自分で好きに書かせるのもいい気がする。

それに対して、不器用であまり書きたがらない子もいるのでは無いかと思うがいかがなものか?

当然、うまく書けなく(クレヨンなどを扱えなく)書きたがらない(書くのが好きではない)子もいると思われる。

そのような子供は逆にほっておいて勝手に書き始めるまで待つか、それとも手伝って書く楽しさを教える方がいいのか?

この場合は、大人がリードして教えるという場合が多いだろう。

もちろんこの書籍でいいたいことは、無理に大人の絵と文字を教え込んだ場合のことであるので、単に上記の様なケースを想定しているものではない。

その上、教え方という事もあると思うので、この辺のことはまた後ほど機会があれば考えてみたい。