高機能自閉症・アスペルガー症候群、そして変わった人について

今回からは「高機能自閉症・アスペルガー症候群入門―正しい理解と対応のために」 内山登紀夫・水野薫・吉田友子 編者 中央法規出版 を読んで気になったことをメモしていきたい。

「自閉症スペクトラムとはカナーの提唱した自閉症に、アスペルガーの提唱したアスペルガー症候群、さらにその周辺にあるどちらの定義も厳密には満たさない一群を加えた比較的広い概念で、社会性・コミュニケーション・想像力の三領域に障害があることで定義されます。『スペクトラム』とは連続帯という意味であって、典型的は自閉症からアスペルガー症候群、重度の知的障害をともなう例から知的は遅れがない例まで、連続した一続きのものとみなします。」と書かれている。

これをみて、何を今更と思うかたも多いだろうし、スペクトラムの意味がわかった方もいるのではないかと思う。ここで言いたかったことは、社会性・コミュニケーション・想像力すべて広義の意味でコミュニケーションではないか?ということだ。想像力は違うだろうという声も聞こえてきそうだが、他者の心の状態をはかり知るという意味での想像力もある。ということで、少し乱暴かもしれないが、コミュニケーション障害と思うとわかりやすいだろう。それに自閉症スペクトラムというぐらいだから、一般的に気がつかないだけで、統計数値より実はもっと多かったりするような気がする。

さてここでコミュニケーションについて少し考えてみたい、まずはコミュニケーションとは何かについて、この頃得意になっている辞典で調べてみよう。

人間が互いに意思・感情・思考を伝達し合うこと。言語・文字その他視覚・聴覚に訴える身振り・表情・声などの手段によって行う。三省堂提供「大辞林 第二版」より
ということだそうだ。つまり、言語やその他の手法で意志や感情を互いに伝達することである。

そこで、非常に閉鎖的な外国を想像して、言語は通じるという前提で、そこのごく一般的な人に対して何か意志や感情を伝達するケースを考えてみると、場合によっては自国の高機能自閉症・アスペルガー症候群の人の方が、話が通じやすいのではないだろうか?

つまり高機能自閉症・アスペルガー症候群の人を、習慣や好みの違う外国人と思ってみるといいのではないかと思う。

そう思うと色々と目につくことや奇異な行動は、些細なことのようにも思える。でも、そんなことはない、自分の子どもだったらそうは言えないはずだという声も聞こえてきそうだ。

それは今の親の世代の考え方は、自分たちが同じにしていないといけないという環境で育てってきているので、そのものの見方の問題もあるのではないだろうか?まず親は自分の子のマイナス面はマイナス面として認識し、もちろんきちんとサポートする。その一方で得意であるプラス面を見つめ直す必要があるだろう。

たとえば、このような子はイジメにあいやすいだろう、コミュニケーションの障害があるのだから、変な奴ということになりやすい。その結果、当然のようにイジメにあいがちだ。そこで、マイナス面を強化して、普通に近づける努力をし、何とかしても、感覚のずれは、やはりわかるし、つい表面にでてしまうし、出っはなしということもあるだろう。

それなら得意である部分を強化すると、普通の子にはできないレベルの能力を持っているケースがある。先生もびっくりの記憶力であったり、絶対音感及び音楽の才能であったり、大人顔負けの絵の才能だったりと色々だ。(もちろんすべての高機能自閉症・アスペルガー症候群の人がそうであるといってるわけではない。)そこをクラスや集団のなかで発揮するチャンスが訪れれば、周りもびっくりして見直すに違いないというより、びっくりして尊敬されることもある。現実にそのような事も聞くことがある。(皆さんも知っている映画で「レインマン」なんかわかりやすい例だろう。)

そういうチャンスを得ることができると、セルフイメージが高くなり、良い方向へ進み、変わっているが優秀な人として生きていけるとおもうのだが・・・現にそういう大人があなたの周囲にもいませんか?スペシャリストとして活躍している人の中に・・・もちろん変わった人がすべて高機能自閉症・アスペルガー症候群と言っているのではありませんので、ご了承いただきたい。