絶対音感

絶対音感は左脳優位?

今回からは「絶対音感」 最相葉月 著 小学館文庫 を読んで気になったことをメモしていきたい。

「1,995年二月、アメリカの科学誌『サイエンス』に興味深いリポートが掲載された。それは、絶対音感を持つ人の脳の解剖学的形態を探るという内容で、研究を行ったのは、ドイツ・デュッセルドルフのハインリヒ・ハイネ大学神経科医グループである。30人のプロの音楽家の脳をPET(陽電子放射断層撮影装置)で撮影した結果、絶対音感を持つ十一人の音楽家の左半球の大脳皮質聴覚野が右半球の同じ場所に比べて、平均40%も大きかったというのである。この報告は、同年二月十日付の朝日新聞夕刊や自然科学系の一般雑誌にも掲載された。
<中略>
音楽を左脳で聞く人(この表現が的確かどうかはわからないが)というのはどういう人たちなのか、そして、左半球優位ということは、絶対音感が、言語となんらかの関係があるのではないかという二つの疑問を持った。事実、音楽がドレミという言葉で聞えると証言する音楽家もいることから推測すれば、その可能性はますます現実味を帯びて響いてくる。
<中略>
カナダのモントリオール神経医学研究所のロバート・ザトールは、音楽家が自分の知っている曲を聴いた場合は左半球、知らない曲の場合は右半球が活性化していることを発表した。そのうえ、今回の『サイエンス』誌の記事では、絶対音感のある人は左半球優位とされたのである。」と書かれていた。

なんだか、思っていたことと逆のことになっているような気がした。
ここから考えられることは、音楽的に進んでいる?家庭の子どもがピアノなどの楽器を習う場合、たとえば[ド・レ・ミ]のポジションの鍵盤を弾いて[ド・レ・ミ]と発声しながら学ぶケースが多いのではないかと思う。その為、音名と音を結びつけて覚えているので、このようになるのではないのだろうか?

そこで、あるケースが考えられる。キーボードなので鍵盤をひいたときに出る音とだけ認識をしている場合、つまり正式に習わず、キーボードなどで遊んでいるだけの場合についても同じであろうか?

これは実際のケースであるが、2歳ぐらいからキーボードで遊びだして、実際にピアノを習ったのが6歳になってからという子がいる。この子の場合、絶対音感はあるが、後から[ド・レ・ミ・・・]と教わったので、特に[ド#]などの音をひいて、これなんの音?と聞くと、どのように説明していいのかわからず[ド]と[レ]の間の黒い鍵盤と教えてくれる。つまり[ド#]という名称ではなくポジションで覚えているのである。

結果的にこの本でも記載されているが、「絶対音感がある人はラララで歌が歌えないという悲劇を聞いたことがあります。」ということであるが、この子については全くそのような事が無いようだ。
もちろん全て絶対音感のある人がすべてラララで歌えないわけではないので、その辺もここでお断りしておく必要があるかもしれない。

話は戻るが、もともと音名で覚えていないのだから、このサイエンスの記事とは異なり左半球優位ということばかりではないのではないだろうか?(実際には測定機器を利用して調べているわけではないので、完全に否定できるものではない)

しかしながら、知っている音=左脳、わからない知らない音=右脳だとしたら、(上記サイエンス誌では「音楽家が自分の知っている曲を聴いた場合は左 半球、知らない曲の場合は右半球が活性化していることを発表した。」とある)サイエンス誌の書かれていると通りであるが、曲と音ではまた異なる場合もあるだろう。

文字の場合のデーターはあるが、この場合なにぶん文字なのでイコールではないので、そのつもりで参考にしてもらいたい。たとえば漢字1文字を回転して見せると、まず何の文字か認識しずらい、そのため一般的には左視野優位(右脳)とされているが、そうではないという実験結果もある。あくまでも視野差による実験のため、また1980年前後の実験結果のため、そして現在の最新機器を利用してのことでは無いため、はっきりしない点も多いと思われる。

なんだかとりとめのなり状態になってしまった。

この辺の資料がないのでなんともいえない問題ではあるが・・・今後も資料を探すことにしよう。

絶対音感・・・最近多くない?

今回は引き続き「絶対音感」 最相葉月 著 小学館文庫 を読んで気になったことをメモしていきたい。

「ある子どもは、母親がかけていた掃除機のモーター音の音名を答えた。ある中学生は、一度聴いただけのコマーシャルソングを正確にピアノで再現し た。また、ある高校生は、他の生徒が練習していた曲を部屋の外で聴いていただけで覚えてしまい、曲の名前も知らないのに、翌日ピアノで弾いた。大人が弾くのもむずかしいといわれる、ベートーベンの『ワルトシュタイン』だった。『絶対音感があるからそういうことができるのか、それとも、絶対音感を持ったために他の能力を身につけることができるのか。-以下省略-』」と書かれていた。

一音会ミュージックスクールの創設者江口寿子氏によると絶対音感を持ったために他の能力を身につけることができたと思っておられるそうだ。音楽の仕 組みがわかっているから曲の拍子や調性、和音構成、転調の仕組みなど、絶対音感を持つことによって、音に対する関心が高まり、他の能力が身につきやすくなるのだと思うとのことだ。

この本を読み進めていくと、音楽優位性は絶対音感だけとは物語ってはいないと思われるが、現時点(本の進捗状況)での絶対音感について考えてみたい。

絶対音感という響き・・・、あこがれを持ってしまう。自分も約7年位クラシックピアノを習ったがさっぱりだった。妹は3歳からずっと弾いていたが、絶対音感はついていないようだ。というのは何年も調律していないピアノで全く問題なく弾いているから、そうなのだろう。あれで絶対音感がついていたらビックリだ。

そういえば、毎週教えに訪問していただいたピアノの先生2人(途中から変わった為)も全く問題がないようなので、先生方も絶対音感を持っていなかったのだろうか・・・今にして思えばそのような気がする。

ところが、最近絶対音感を持っている子どもが多くなってきている気がするのは気のせいだろうか?

色々とテレビなどでも取り上げている為、表に出てきているのだろうか?それとも一音会ミュージックスクールのような所の卒業生が多くなってきていることと、子どもの数が減っているため、比率的に増えているのだろうか?

それとも、自閉症やアスペルガー症候群のような子どもたちが増えていて、その子たちの特殊性として、絶対音感のつきやすい子がいるので、そのような状況になっているのだろうか?

それとも、それら全てによって多くなっているのだろうか?

ひとつ、自閉症やアスペルガー症候群のお子さんを持つ親御さんに確認してみてもらいたい。自分のお子さんに絶対音感があるのかどうか?もし、ある場合、将来に向けて一つの選択肢が増える可能性があるかもしれないからだ。

たとえ話、音感を色彩感覚に変えて考える

今回は引き続き「絶対音感」 最相葉月 著 小学館文庫 を読んで気になったことをメモしていきたい。

「絶対音感は、十九世紀末にドイツの音響心理学者C・シュトゥンプによって科学的な研究が行われて以来、いまだに遺伝か学習かという論争が続いている。江口も、特別な絶対音感訓練をしなくても、楽器の練習によって自然に身につける子どもがいることを認めている。その場合、アメリカの古いデータだが、イリノイ大学のA・バッチェムが一九五五(昭和三十)年に調査した結果によると、二十万人に一人(0.0005%)、音楽家でも五パーセントというごく少数の者に限られていた。だが、江口は、この調査結果に表れた盲人の絶対音感保有率に着目した。音楽家であろうとなかろうと盲人の保有率が健常者の千倍、音楽家に限っても三倍なのである。」と書かれていた。今回のメモと直接的に関係がないが、前回のメモに関連するので、あえて載せた。

前回のメモに絶対音感保有者がこの頃増えてきているのではないか・・・と書かせてもらったが、実際には古い調査結果ではあるが20万人に一人であり、音楽家でも五パーセントとはビックリするほど少ない気がする。本当にそうなのだろうか?

最近の調査結果が知りたい。どなたか教えていただけないものか・・・

ところで、今回の話はすこしここからずれるが、この音感というものを色彩感覚に置き換え考えてみたい。

つまり、通常の人は相対音感はだいたい持っているとした場合、これを視覚に置き換えると、モノクロ映像ではないが、赤色へシフトしていたり紫色へシ フトしていても、よくわからないことと同じ事になるだろう、そうすると、絶対色彩感覚が無い場合、綺麗な自然色を表現することが難しくなってしまう。も し、グラフィックアーティストなら、なんだかずれた色使いをする人という事になることもあるだろう。

そう考えると、絶対色彩感覚が無い場合、視覚に依存する通常の人間は相当苦労してしまうことになる。たとえば遠くから見たら信号の赤なのか、電灯のオレンジが区別がつかなかったり、黄色信号だと思って、スピードを落としたら、電灯の光だったとか・・・そんなことが頻繁に起きてしまうことだろう。

もし、そうなら、絶対色彩感覚がなく、たとえばモノクロに見えるゴーグルをかけて生活したら、不自由なことだらけになり、大変な事故にあうことも考えられる。グラフィックアーティストなら、まともには稼げないだろう。ただ、ここで色彩感覚について一ランクずらして考えた場合、たとえば、ほとんどの人 が、モノクロ的にしか色を判断できない。まして、表現する側にまわったら。色がはなはだずれていることだろう。そこで、絶対色彩感覚のあるアーティスト が、絵を綺麗な自然色で表現できたら、すごいということになるだろう。そして、的確な色を識別出来るので、色使いに関してはすばらしいものがあるに違いない。(それを他の人が判断出来るかはわからないが・・・)しかしながら、ずれた色を使うことで、また別の表現も出来るにこともあるだろう。きっと色彩以外の表現方法が優れていれば、別の持ち味がでることだろう。

ここで、色から、音に話を戻してみたいが、絶対音感があれば、表現したい音をきちんと表現する事ができるに違いない。(音や色の専門家の方から見る と表現がおかしいところがあるかもしれないが、ご容赦いただきたい。)ただし、音も先ほどの絵と同じように、技法や他にもいろいろと表現方法があるに違いない、その為、絶対音感は武器にはなるが、ないとどうにもならないものではないちがいない。だから、昔の統計結果では「音楽家でも五パーセント」程度なのだろう。

強引な結びつけになって、多少の論点はずれているかとは思うが、絶対音感はあって損はない。しかし、ないからといって大きなマイナスになることはないのではと思う。少なくても絶対音感保有比率はそのように物語っている。ただし、一般的な世界においてとの条件をつけたい。

ピラミッドの頂点や上部に位置するような場合は、絶対音感(絶対色彩感覚)がなければ、やはり、そこまで登り、そのポジションを維持するのは難しい のではないかと個人的には思う。もちろん例外はどこにでもあるし、別の何かが飛び抜けて優れている為に、頂点に立つということもあるとは思う。