ゲームと脳について

先日テレビを見ていたらゲームをしているときの脳の状態は脳をあまり使っていないようなことをいっていた。テレビでは詳しくわからなかったので、実際に書店で関連するものを購入し確認した。

購入した書籍は「自分の脳を自分で育てる―たくましい脳をつくり、じょうずに使う」川島隆太著、くもん出版(この本は2001年3月初版の2002年12月発行のもの)で、この本は具体的にポジトロンCTという機器を使い、脳の活動の変化を調べて記述している。対象としたゲームはアクションゲームで あり、RPGやターンオーバー制のゲームではないので、その辺の情報が欲しいところだが、結論としては単純な一桁たし算のような計算の方がよほど脳を使うらしい。

つまりアクションゲームばかりしていると、脳にはあまりよろしくないということらしい。

当サイトのソフトは○○ができるようになるというものより、頭がよくなるソフトを作りたいものだ・・・・つまり、計算ができるようになる勉強ソフトもいいが、計算ができるようになりなおかつ頭がよくなるようなものが作れたらいい・・・

音や声と脳の働き

前回の本の続きの内容で、意外と思った点について音や声と脳の関係があった。

・黙読より、声に出して音読するほうが脳のより多くの場所を使う。
・英語でも日本語でも、読み聞きともに左右の脳を使う。
・音楽を聞くと何の音か調べる場所が、集中的に働く。

というものだった。

ここで特に気になったのが、黙読より音読の方が脳のより多くの場所を使うという点で、当たり前といえば当たり前のことで、当然声に出している部分の 脳が活動するに決まっているものの、黙読(心のなかで読んでいるため、何の音かを調べる領域が活動している)でなく、(速読のように・・・速読をよく知らないので断言はできない)黙視(こういう意味合いが正しいか不明・・・目で見て考える領域にバイパスする)の場合はどうなのかなど、細かな点についての情報が欲しいものだ・・・。

計算と脳について

今回は計算と脳についての記述があり、非常に興味深い内容で、単純計算は子供から大人(大学生)までの脳を発達させることに役立っている。とのことであった。

具体的には、たし算や引き算の単純計算をする場合、左右の脳のいろいろ部分が活動する。それに対して複雑な計算は左の脳が活発に働き、文章題はその部分がさらに広くなる。ということで、単純計算を馬鹿にしていたが、脳を活発にするためには有効な手段のようであった。

現在のように右脳、右脳と騒がれるようになっているが、意外と単純計算をすることが右脳を活発にすることに役立つようで、単純計算を取り入れた右脳を鍛えるソフトなんていうものも、大人から子供まで使えていいかもしれない。

手の運動と脳の関係

右手を使うと左脳が働き、左手を使うと右脳が働く???と思っていたのは少し違っていた。右利きの場合、右手は正しいけれど、左手を使うと右脳と左脳連帯して、対応している。ということであった。

それと、指先の細かい運動で頭がよくなると、よく言われていたが、実際には頭のよさと関係が深い前頭前野は働いていないということがわかり、指先の細かな運動は頭の良さには直接的に関係がなかった。

右利きの場合、一般的に苦手な左手を使うことで、右脳だけが働くのではなく、左脳がサポートしているという面白い結果であった。

いまからでも遅くない

今回からは「記憶力を強くする―最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方」池谷祐二著、講談社を読んでメモしていきたい。

頭を強く打ったりすると多量の神経細胞が死ぬということは皆さんもよく知っているでしょうが、この本ではなんと「手でげんこつを作って頭を軽くコツンと叩いただけでも、そのたびに数千個もの神経細胞が死んでしまうのです。」と記載されていて、この事実の裏づけについては詳しく書かれていないが、世の中のご両親や先生には十分注意してもらいたいものだ。
また、英国の認知神経学者マグワイアが研究した事によると、タクシー運転手の脳のある一部が、一般の人より大きいという事実をあきかにした。しかもベテランであればあるほどその脳部位が発達しているということで、さらにその運転手は成年に達してから運転を始めた人がほとんどだということから、神経細胞は大人になってからでも十分に増殖すると記載されていた。(マグワイアの研究はタクシー運転手が網の目のように張り巡らされた道を、すぐにシュミレートして最短コースを割り出し、運転をはじめるということに注目したものである。補足:03/03/14 )

本当にそうならうれしいことで、なんとなく年をとればとるほど、いまさら勉強したって・・・という気持ちになるのがふつうであり、たとえ中学・高校生だと しても、もう遅いなんて思う人がいるのも事実であろう。でもまだ子供ならなおさら十分に、勉強は間に合うということあり、日々頑張って勉強に勤しんでもらいたいものだ。