ADD

増えるADD(注意力欠陥障害)

引き続き「脳トレ―最先端の脳科学研究に基づく28のトレーニング」を読んで気になった事を書いていきたい。「近年、注意力欠陥障害(ADD)にかかる人が増加しています。この増加は『精神障害の診断と統計マニュアル』という本に掲載されている調査内容からも明らかです。また、この調査によると、ADDを患う人々には以下のような特徴があるそうです。

注意力を維持できない
話しかけたときに聞いていないように見えるときが多い
精神的に努力を必要とする問題に取り組むことを避ける
外からの刺激に注意が移りやすい
問題や行動をまとめにくい
細かな部分に意識を向けにくい

-中略-、実際にADD患者が爆発的に増加していると確信しています。その要因は、科学技術の進歩によってもたらされたテレビとコンピュータという2つの産物が、脳に悪影響を与えた結果だと思っています。」と記載されていた。

このADDについての内容はメモ一回分ではとても書ききれない為、数回に渡って記載していきたいと考えている。よって、これで結論ということではないので、ご理解いただきたい。あくまでも気になった部分のメモであるということと、ソフト作成に際して参考にしたい部分を抜粋している事を念頭に置いて読んでいただきたく思う。

たしかに上記にある5つの特徴が当てはまる子供や、もちろん大人も相当いるのではないかと感じてしまう。この文章を書いている自分ですらいくつも当てはまる気がする。仕事でパソコンを使う人が急増し、いまや新聞もパソコンで見るほうが手っ取り早いし、余計な新聞紙が出て処分に困ることもない。ますます拍車がかかりそうだ・・・と思っているのは自分だけではないはずだ。

今現在のとりあえずの結論として、今後パソコンを使わないこともテレビを見ないこと も考えれらないことであろう、つまりいかにバランス取って両者をうまく使うか(使われるのではなく)ということではないかと思う。

増えるADD(注意力欠陥障害)その2

前回の続きで、テレビの影響についての記載を取り上げたい。「テレビは、わたしたちの脳の命令系統を、直線的で論理的な言語を基準にしたコミュニ ケーションから、映像に重点を置いたものへと変えています。MTVやニュース番組などでは、幅広いジャンルの様々な出来事や人物の映像が、次から次へと画 面に映し出されています。その目的は、論理的に筋の通った刺激を思考に与えることではなく、すばやい動きによって興奮を生み出させることにあるのです。- 中略-、感情を司る脳の右半球を刺激して、情緒に強烈な影響を与えることにあるのです。左半球に備わった論理的な推理の能力は、映像を基準にした科学技術 によって無力化されてしまったのです。-中略-、ADDになる別の原因としては、口頭でつたえられる矢継ぎ早の話し方が問題視されています。—具体的 には、放送用に短く切り取られた言葉などです。この十年、多くの評論家が指摘してきたように、テレビというメディアは深刻な問題をきめ細かく分析すること に真剣に取り組んではきませんでした。なぜなら、思考は理論を司る脳の左半球ではなく、視覚的想像力を情緒的にとらえがちな右半球を、テレビは占拠してい るからです。このように、言語から映像へ、熟考した思考から情緒的な影響へと移り変わった結果、多くの人が、分析して結論を出さなくてはいけないような複 雑な問題を扱えなくなっています。」と記載されていた。

今回はテレビについて取り上げているが次回はパソコンについて記載していきたい。

テレビの問題点は当然ビデオ等の問題を含むものとしていろいろと取り上げられてきた。たとえば、家電や携帯電話の電磁波の問題についても、まず経済 の観点で考え、便利だし新しいビジネスとして成り立つということでスタートしてしまう。そして、後々問題が出てきては色々な調査結果が飛び交う。場合に よっては正反対の結論が出る場合もある。最近、新聞だったかなにかで、携帯電話は問題ないという話を読んだ記憶があるが、本屋ではその反対の電磁波が問題 という本が出版されている。できれば、両者に話し合ってもらいたいところだが、どうせ物別れになるだろう。結局ものの見方はまず、経済の発展という立場の 考えが優先されているようだが、消費者としては、はっきりしないものは使えないということがおきてくる。遺伝子組み換え食品などもいい例だろう。結局いつ も、いろいろなところでこの手の問題は扱われている。薬の許可に関するような仕組みがあってもいい物も、フリーパスでスタートしてしまっていることもある のではないだろうか?唯一つ言えるのは、精神的な部分や人間がもっとも分からないことの1つである脳に関することは状況判断するのが難しいということだろ う。手遅れにならないようにしたいものだ。

それと、情緒的な影響を与える手法は記憶するのに有効であることから、より強固にインプットされ、記憶と思考というものが別々に考えられて、見る側 と放送する側で分かって(区別できる状態・手法・表現)ニュース等を作成し見ていれば問題は少ないが、そうでなければ、テレビなどで凶悪犯罪が放映された 場合、単なる入力になってしまっては、凶悪犯罪をインプットというもっとも望まない結果を招くこともあるかもしれない。

増えるADD(注意力欠陥障害)その3

前回の続きで、コンピュータの影響についての記載を取り上げたい。「コンピュータで読んだり書いたりすることは、テレビを観ることと共通する部分が少なくありません。テレビもコンピュータも、映像を寄せ集め、バックライト式のスクリーンで映し出し、瞬間的なスピードで映像が変化します。この3つの特性すべてが組み合わさったときには、右半球が占拠され、感情面に影響を与えることになります。これはもちろん、言葉を司る左半球の合理的で調整的な性質とは対照的なものです。さらに、言葉がコンピュータ画面にあらわれると、ノートに同じ言葉を書いたときには起きないような方法で、右半球が働き始めます。事実、コンピュータ画面上で何かを記すときに使われる脳領域と、紙に書くときに使われる脳領域とは異なります。この脳機能の違いは、eメールになると軽率なメッセージを書いてしまうという、不可解とも思える現象にあらわれているでしょう。このような失敗をすると、左半球の前頭皮質に備わっている脳の批評能力が失われてしまったかのように思えてきます。」と記載されていた。

ここでは「この3つの特性すべてが組み合わさったときには、右半球が占拠され、感情面に影響を与えることになります。」とあり、感情への影響→記憶の強化となることから、逆説的ではあるが、記憶には有効ということにもなってしまう。(思考とは別物)また、「eメールになると軽率なメッセージを書いてしまう」とあるが、これは普通に考えても当然だろう、

それはメーラーという慣れないソフトを使い、その使い方やキーボードを使う入力で、違う脳領域を使って文章を書いているのだから、慣れている脳領域が担当して作成するのでは無く、それぞれの領域が協力して行うということで、慣れるまではミスが伴うのは当然だ。

たとえば、リレーを考えてもらいたい、4人で100メートルごとに走る場合、バトンを渡すテクニックが必要だったり、バトン持ち替えなど、色々と気を使うことが出てきて、その結果ミスも生じやすい。下手をすると慣れないうちはひとりで400メートル走るより遅いタイムになるかもしれない。

つまり、メールも同様のことが起きる訳で、それを比較するなら、はじめてノートに文字を書いたときを考えないといけないと思う。はじめての時は当然同じことが起きていたわけだから・・・。

ということで、反論ばかりになってしまったが、すこし肯定意見を書きたい。これは上記は違うものだが、メールの文化や風習面から見て、手紙と違い返事はすぐに出すのがマナーとなっている。ビジネスの世界ではメールをもらってから24時間以内に返信ということも当たりまえになっているので、自分で書いた文章をじっくり読み直す暇がないというのが現実だろう。1日に何十人からもメールをもらった場合、じっくり何度も読み直している暇が無い、そんなことをしていると仕事が進まないので、ある程度のところで送信してしまう。よって手紙などとは異なり、軽率になってくるのは当然だ。それが、思考することを妨げているということにもなるだろう。今の時代は思考より判断になってきているように思う。テレビやインターネットが無い時代は、新聞やラジオで少ない情報を考えて、想像していたのだろう。

しかし現在はあふれる情報を振り分け必要なものを判断して利用しているように思う。そのあたりが集中して思考することから瞬時の判断へと移行しているため、すべてにおいて落ち着きが無いということになっていると思われる。(これはテレビとコンピュータとADDの関連について、この書籍への意見や考えであり、それ以外の要素について今回は触れていないので、誤解の無いようにお願いしたい。)