ADHD

ADHDと学校について

「ADHD、LD、HFPDD、軽度MR児保健指導マニュアル―ちょっと気になる子どもたちへの贈りもの 編者小枝達也」を読んで、いまさらではあるが、自閉症やアスペルガー症候群についてに関連する情報メモを記載していることもあるので、その辺の違いがよくわからないといけないと思い ADHD,LD,HFPDD,軽度MR児などについて確認をしておきたい。以下点線(--)間引用

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ADHDとは?
ADHDは子どもの行動上の問題点から規定された障害です。多くの子どもは1歳ころに歩けるようになると、非常に活発となり、さまざまな経験のなかから自分をコントロールすることを学んでいき、場面に合った行動がとれるようになります。しかしながら、なかにはコントロールがきかず動きが多い、注意が散漫で、突発的な行動を示す子どもがいます。このようななかに、ADHDの子どもがいます。<省略>

頻度はどのくらい?
ADHDの頻度は2~17%とばらつきがありますが、小学生でおよそ3~5%と思われます。圧倒的に男児に多く、女児の3~5倍です。<省略>

症状は?
不注意、多動性、衝動性の症状があります。診断はDSM-IVの診断基準に則ってなされます。ADHDには3つのタイプがあります(1.不注意優勢型、2.多動性/衝動性優勢型、3.混合型)。混合型が最も多く60%以上であり、ついで不注意優勢型であり、多動性/衝動性優勢型は少数といわれています。<以下省略>
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ADHDについて、どうのこうのということはできないが、ひとつだけ注意した方がいいかと思うことがある。それは小さいときから注意ばかりされ、しかられ、怒られて育ってきているので、セルフイメージが非常に低くなりがちであるということである。

たとえば、落ち着きがないから勉強が出来なかったケースもあるだろうし、つまらない興味のない事ばかりやらされていたから、余計にふらふらしてしまったということもあるだろう。特性や興味を早く見極めて、成功体験を数多く経験させてあげたいものだ・・・今後の人生を歩んでいく上においても、自信を持って生きていってもらいたいので、家族ははやく、そのことに気がついて対応をとってもらいたと思う。

それにじっとしていられないという事を取り上げて言うなら、もともと小学生1年生ぐらいで45分程度の授業時間の場合、きちっとしていられる方がおかしいのではないだろうか?

まえにも、書いているし、自分自身の子ども時代から思っていることだが、子どもを集中させたいのなら、15分とか20分とか、小刻みな時間割にして、やるときはやる、遊ぶときは遊ぶというメリハリをもっとつけるべきではないだろうか?

そうしないと、まず授業時間が長すぎて、飽きてしまいその結果、勉強は苦手だ、つまらないというパターンになる子が、ADHDとは関係なくいるはずだ。子どもの為に教えているのに、教える側の論理で考えるのは止めて、最も効果的に覚え、興味を持って取り組めるには、どれぐらいの時間が適切かと言う論理で考えていただきたい。

特に、問題が出やすい小学1~2年についてはそうしてもいいのではないだろうか?

そうすることが、ある意味、特別支援教育にもプラスになるのではないだろうか?

考えてみても当たり前だADHDの子どもに45分もじっと座っていろというのは、無謀もいいところだ。そして、もしだらだらとした授業をしていれば大人だって、ふらふらしたくなる。そんな状況で、特別支援教育といっても・・・、まず、すぐにできることから見直していただきたいといつも思うのだ が・・・逆にこれは最も難しいことなのかもしれない。

最後に、落ち着きがないのは本人の努力が足りないからではない。特性がそうさせるわけだが、前述したように、今の学校教育にも、まだまだ身近なところで改善の余地があるのではないだろうか?

ADHDなどの原因?のひとつ?

以前、PCB(ポリ塩化ビフェニール)という物質が注意欠陥多動性障害(ADHD)などの神経系疾患を起こすとの報告もあるということが、とある共同通信の記事に載っていた。

これは以前から言われていたことで、改めてPCBとADHDについて調べてみたいと思うが、引用や出典云々で色々面倒なので、ここは横着をしてgoogleの検索式を入れておいた。興味のあるかたはどうぞ!

ポリ塩化ビフェニール+ADHD

LDって何?

「ADHD、LD、HFPDD、軽度MR児保健指導マニュアル―ちょっと気になる子どもたちへの贈りもの 編者小枝達也」を読んで引き続き取り上げていきたい。以下点線(--)間引用

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LDとは?
LDはlearning disabilities または learning disorders を略したもので、学習障害と訳されます。これは(1)知的発達は正常であるにもかかわらず、(2)努力しても読むこと、書くこと、計算することなどのある特定の能力を身につけることが困難、あるいは不可能であり、(3)中枢神経系に原因があると推定される場合をいいます。<省略>

頻度はどのくらい?
英語圏では発生頻度が高く、5%とも10%ともいわれています。従来、一文字が一音に対等する言語文化圏(ドイツ、イタリア、スペイン)では発生頻度が少ないことはよく知られています。日本語圏でも同様に発生頻度は低く0.5%以下といわれていました。しかし、LDの存在が知られるようになり、最近では 1~2%ではないかと推定されています。<省略>

症状は?
LDの中心的は症状は読字困難(ディスレキシア)です。ほとんどの場合、書くことも障害されますので、「読み書き障害」と考えるとよいでしょう。比較的少ないのですが、数の理解や数の操作が難しい算数障害といわれる状態もあります。ADHDを合併することも少なくありません。この場合、行動面ばかりが注目されて、LDについては気づかれないことも多いようです。そして、ADHDがLDそのものではないことによく注意する必要があります。<以下省略>
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一般的にADHDや自閉症は割と有名であろう。しかし、LDというとへたをすれば、レーザーディスクなんていう人もいるかもしれない。(レーザーディスクすら知らないひともいるだろう。)

そんなLDについては、どんな症状かというより聞いたことがないとか、それって何?という人が多いだろう。上記の引用を読んでいただければ、どういう症状かは、ある程度わかるとは思うが、その状況を理解できるだろうか?

もし、自分がADHDだったとしたら・・・・、その状態をある程度想像することは可能であろう。だから家族などが対応出来る出来ないは別だが、ある 意味その困難さや症状の想像がつき、もし子どもがADHDであると気がつけば、対応もとりやすいかもしれない。何度もいうが出来る出来ないは別として・・・・

それに対してLDは、特別小さいときには目立つ問題が少ないであろうから、ADHDが合併していない場合、気がつかず幼稚園や、場合によっては小学校へ通うようになって、あれっ・・・となるケースが多いだろう。

たとえば、自分自身で計算が出来ないとか、字が読めないということを想像する事ができない・・・

皆さんはどうだろう。LDの中では少数派である計算ができないという問題(個人的に障害という言葉はできれば使いたくないので、若干読みにくい場合があると思うが、ご理解いただきたい。)の場合を考えてみたい。

ルート2×ルート2という計算式があったとしても、知らないから出来ないという場合は、当然のように理解できるだろう。しかし、通常の計算自体ができないということが、どういうことか想像できるだろうか?どうここに表現していいのかもわからない。

つまり、それだけ一般には想像しがたい問題ということになり、気がつきにくいし、周りにも理解されにくい問題であるだろう。まして、子どもどうしの場合はなおさら理解されないだろう。

であるから、家族は自分の子どもが、変だと感じたら、どのような場合でも早く手をうってもらいたい。中にはそのうち読めるように、または書けるよう に、場合によっては計算できるようになるだろうなどと安易な判断をして、様子を見ている親がいるかもしれないが、勝手な判断はいいはずがない。

生死に関わることでもないし、世間体が気になるから、もう少し様子を見てみようなどという考えを持っている方がいたら、それは禁物だ。まずは、すぐに専門の機関に相談するのが筋であろう。それで、もし、なんでもなければ、それはそれで喜ばしいことであるだけだ。

赤ちゃんへの過度の刺激

今回は「赤ちゃんと脳科学」 小西行郎著 集英社新書 を読んで記載したい。「乳幼児への教育だけでなく、障害児へのリハビリテーションにおいても、環境からの刺激や学習をどんどん与えることで新しい神経回路網が作られる、というのが定説となりました。ところが、近年になって、あまりにいろいろな刺激を与えることが疑問視され始め、この説は少し雲行きが怪しくなってきました。刺激が強すぎることによって、本来バランスよく行われているはずのシナプスの刈り込みに支障をきたし、子どもの脳に悪い結果をもたらすのではないかという懸念が、専門家の間で広がっているのです。」と記載されていた。

この何年かで脳科学が劇的に進歩発展してきている。去年正しいと思われたことも、気が付くと悪影響を及ぼすなどど言われては目も当てられないだろう。特に赤ちゃんや子供に関することはなおさらだ。また、上記のことはADHDに関係あるとも言われている。つまり、シナプスの刈り込み不足のために混乱が起きているということらしい。

まだまだ、わからないことばかりある「脳」ではあるが、だからといってわかるまで、何もせずにいることもできないだろう。ならば、どうすればいいかとなるが、迷ったときは基本に返るのはどうだろうか?昔ながらの絵本の読み聞かせを十分に行うような教育である。もちろん幼児期・児童期になれば、また話が変わるが、現時点ので安全策ではないだろうか?

モーツァルトの才能

今回は「子どもの脳が危ない」 福島章著 PHP新書 を読んで記載したい。「脳に微細な変化を持った子どもが、ときに思いがけない才能を持っていることもある。これを発見し、その才能を認め、これを伸ばすこともこれからの教師の仕事である。たとえば、モーツァルトの父親が、天才的だが変わり者の息子を適切な指導によって大音楽家に育て上げたことをお手本にすべきであろう。このような個性と才能の発見と育成こそが、これからの時代の教育の理念でなければならない。それこそが、その子にとっても社会にとっても有益な事になる。」と記載されていた。

この部分だけだとなんのことかモーツァルトがどうしたのか、よくわからないと思うので補足しておく、ここで言いたいことはADHDや自閉症など、脳に微細な変化を持った子どものなかに、なんらかのずば抜けた才能をもっている子どものいるケースがあるということである。

しかし、問題行動の方が目立ってしまうため、才能の部分に目がいかず、普通に行動させることばかりに気を取られてしまう。その結果、すばらしい才能があったとしても、それに気がつかず、才能を封じ込めてしまう場合があるということだ。特に親の場合は普通にさせることを最重要と考える傾向があるので、逆に教師やその子どもに外部から関わる者の方が、才能に気がつき、その才能を育成しやすい場合もあると思われる。

もし、モーツァルトの父親のように、親が子の才能に気が付いた場合、一番近くにいてフォローしてあげられるという事もあるので、大変力強いはずだ。